ルブタン氏の発言に人生を想う

こんばんは、矢部です。

いろんなメディアがある昨今ですが、
昭和世代の私はテレビも見ます。

興味を持てば録画しておき、
後日見ることもしばしば。
ネイチャー系やカルチャー系が多いかな。

地上波はこの手の番組が比較的少ないので、
BSがお気に入りです。

先日クリスチャン・ルブタンの番組を見ました。

ご存じの方やファンの方もいると思いますが、
クリスチャン・ルブタンとは、
赤いソールで有名。
女性の感情や欲望を揺さぶる靴を
デザイン・販売しています。

眺めているだけでも幸せ(笑)

番組内でのルブタン氏の発言で、
私が印象に残ったものをご紹介します。


「まずデザインがあって、
それを技術がサポートする。

足の甲に飾りをつけたい場合、
技術的には透明のストラップ等を
付けることになる。

でも、デザインの段階では、
自由に考えたい。

技術面ばかり考えていると、
それに縛られて、創造性がしぼんでしまう。

技術的に無理だと思い、
いろんなアイディアを除外してしまうんだ。」


靴の話をしているんですが、
人生の話に置き換えてみても、
しっくりくるんですよ。

「まずデザイン(望む生き方・在り方)があって
それを技術(手段や職業等)がサポートする。
中略
でも、望みの段階では自由に考えたい。
手段ばかり考えていると、
それらに縛られて、創造性がしぼんでしまう。

その方法がうまくいかなかったり、
その職業につけないと
望む生き方・在り方は無理だと思い、
いろんなアイディアを除外してしまうんだ」

ね、どうでしょう?

私は自分の人生において、
思い当たるふしがあるなと(;^ω^)

あなたも、ご自分に当てはめて
考えてみてください。

方法や職業のような手段在りきで、
自分の人生を決めてないかどうか。

それにこだわりすぎることで、
自分の人生を狭くきつくしてないか?
生き辛くないか?

自分に自信を無くして、
自分を嫌いになってないか?


私たちは自分の人生を
望む通りに生きられます。
ってか、生きています。

それを実感するには、
手段にこだわらないことかもね。

では、あなたの明日が健やかでありますよう!

二元的に見てると生きるのが苦しくなっちゃう

こんにちは、矢部です。

「暑さ寒さも彼岸まで」と
昔の人はよく言ったものです。

今夏のような猛暑にも
はたして当てはまるのか?
なんて思っていましたが、

サロンのある千曲市の天候は
ここ数日で一気に朝晩涼しくなりました。

就寝時には、飼い猫達が代わる代わる
暖を取りにくっついてくるので、
いちいちそれに付き合っています。

ある意味幸せな寝不足です(;^ω^)

先日お世話になっている方から
情報をいただき、
祈りの時間を持ちました。

決まっているのは日時と、
一応大きなテーマだけ。

各自いる場所で行うことでしたので、
身を調えて(一応私、霊氣マスターなので)
テーマに沿って祈りを捧げました。

祈りと聞くと、
宗教的なイメージを持たれたり、
何かオカルト的なものかと
いぶかしがる人もいるかもしれません。

が、そんな大それた?ものではなく、
気を付けてね、とか
早く良くなりますように、とか

そういうカジュアルなものも
祈りの一種なので、
割と行っていることだったりします。

祈りについては、
アメリカでも研究がされていて、
祈ることで病気の回復率が上がったり、
町の治安が良くなったりといった
結果が出ています。

私は祈りのスペシャリストではないので、
詳しいことは割愛しますが、
興味があれば、ネットで調べてみてください。

いろんなもので揺れ動く
このご時世なので、
穏やかであることを祈ったのですが、

先日テレビで某ウイルス学者の方が
言っていたことをふと思い出しました。

感染者を貶めるような言動はおかしい
むしろ先に罹ってくれたんだから
感謝するくらいだ
(たしかこんな感じ)

一理ある。

誰でも罹るリスクがある中、
本人の意思とは無関係でも、
そのリスクを負うことで、
見せてくれている現実がある。

私たちはそこから、
気づくことや学ぶことがある。

憎むべきはウイルスだ

と、他の方が言いましたが、
それすら、視点を変えると
違った側面が見えてきます。

たしかにウイルスの影響で、
私たちの生活は一変しました。

今までの延長に未来があるとは
限らないことも見せつけられました。

一方、価値観をひっくり返されたことで、
今まで見えなかったものが見えてきました。

本当に大切にしたいものや、
望むものが何かについて
思いをはせる機会が増えたり。
自分の土台についてですね。

そう考えていくと、
良し悪しという二元的な見方では
物事をくくるには無理が出てくるし、

その見方だけだと、
生きるのが苦しくなっちゃったりするかもと。

理想の自分で在りたいと思うのはいいけど、
想いが強すぎると、
そうじゃない自分を受け入れがたくなります。
否定しちゃうっていうかね。

理想の自分はいていい。
理想じゃない自分もいていい。

「理想である」という前提が
あってもなくても幸せだ!
そう思えるといいよね。

私たちは、
そろそろ本気で「幸せで在る」と
自分に宣言してもいいのかも。

なんてことを、祈りの後に考えていたら、
おなかが空いてきたので、
これからお茶しまーす。

では、あなたの明日が健やかでありますよう!

過去基準で選んじゃうのよ、どうしても

こんにちは、矢部です。

超大型台風10号が接近中ですね。
西日本地域に大きな影響を与えていますが、
あなたの地域は大丈夫でしょうか?

毎年毎年、自然災害のレベルが
大きくなっている気がします。

原因は複合的に絡まっているでしょうから、
一つひとつを上げて批判や攻撃をしたところで、
大きく対策を取らない限り建設的ではないし、

そもそも天変地異にはかなわない

んじゃないかと思っているので、
個人でできる小さな対策を取ることのほうが
いいんだろうと思っています。

今回の台風は、過去に類を見ない規模だと
繰り返しニュースで流れています。

該当地域の方々は、
早々に準備をしているとも流れています。

また、今回の該当地域ではなくても、
以前に何らかの自然災害に遭った方は、
今回も様々な備えをしていると
紹介されていました。

素直に「スゲー(驚)」と思うような
備えの方もいたりして。

一方、該当地域から遠く離れた地域の方の
インタビューを聞くと
「特に何もしていない」

ま、そうですよね、他人事だしね。
今回は違うしね。

ここで準備をしていないことを
どうこう言いたいのではなくー

私たちは自分の過去の経験を、
参考に行動を決めているということです。

そう、過去基準で。

過去に被害に遭っていれば、
そうならないように準備するし、
未経験ならば準備に発想が至らない。
当たり前ですけどね、知らないんだから。

経験から得たことが自分を守ると。

これが良いこともたくさんあります。
知ってたから準備できて大丈夫だったという
経験はあなたにもあると思います。

一方、「自分を守る」という目的はいいのに、
やり方がねえ・・・ということもあります。
自分にとって好ましくない方法というかね。

で、この方法に振り回されて
シンドイ思いをしている。

目的がわかれば、違う方法、
心が楽な方法を取ればいいと、
選択しなおせるのですよね。

過去の経験が
例えネガティブなものだったとしても、

そこから自分を守る方法を得ることができ、
その方法で自分を守れれば、
結果的にネガティブなものじゃなくなるわけです。
ネガティブなレッテルが剥がれる。

これを可能にするのは、
多角的・俯瞰的視点から物事を見ることです。

いろんな見方をすることで、
新たな気づきが得られます。

ということは、
「シンドイことばっかり」って言っている人は、
それをオセロのようにひっくり返せるチャンスも
多く持っているかもしれないってことです。

幸運の種を結構持っているかもしれないんですよ。

何を言いたいかというと、

私の人生シンドイことばっかり

じゃないかもよ、ってことです。

まあ、シンドイことばっかりのほうが
いいと思っている人もいるので、
それは止めませんけどね。
(今日はその話はしません)

ということで、
過去の出来事はいろいろ教えてくれる
ありがたい存在だということで、
今日は閉めたいと思います。

Sati(サティ)とは気づき

矢部です。

サロンHPが更新できなくなり、
ブログやお知らせも更新できず。

この度やーーーっと、
新しくできました。

とはいえ、
まだまだ改良を重ねている最中です。
ロゴすらこれから。←これを見切り発車という

地味に変化していくと思いますので、
気にしてチェックしてみてください。

で、この度サロンの名称を変更しました。
「Sati(サティ)」と読みます。

Satiとはパーリ語で気づきを意味します。

私たちは日々起こる出来事を、
自分の視点から見ています。

そしてその視点で感じた感情を元に
「この出来事は○○だ」と
判断し記憶しています。

では、その視点を変えたら
何が起こるでしょうか?

この出来事は○○だと思っていたけど、
視点を変えて見てみたら、

あれ?そうでもないかも
と解釈が変わる可能性があります。
これが気づきです。

解釈が変わることで、
ネガティブだと思っていたことが、
さほどじゃないかも

って思えたらどうでしょう?

視点を変えることで気づきを得て、
解釈が変わる

くっついていた感情が変われば
ネガティブだと決めていたレッテルが変わる

あなたの歴史年表に、
くっきりと太字で
マーカーまで引かれていた
あの出来事が

普通の太さの文字になる

重要じゃなくなる

つまり気に留めることもなくなる

出来事を多角的に、俯瞰的に見ることで、
今まで見えていなかったことが見えてきて

結果心が楽になるのであれば、
やってみる価値があると思いませんか?

そんな新しい視点作り・気づきのサポートを
今後も行っていきます。

更新頻度も、ぼちぼち上げられるよう
精進します(;^ω^)

今後ともよろしくお願いいたします。