内側対策(心)と外側対策(出来事)のバランスが大事

私は自分のケアのために、布を使ったヨガに通っています。

比較的近所のスタジオに通っているので、
昨年秋から徒歩で通うようになりました。

なぜかいつもレッスンの日はお天気で、
しかもちょっと肌寒いので、歩くにはもってこいなのです。

先日も同じようにちょっと肌寒い中黙々と歩いていると、
だんだん寒さが気にならなくなってきたことに気づきました。
歩くことで体の内側がポカポカしてきたからです。
気温は変わっていないのに。

歩きながら「アレ?これって同じだ」
と思ったことをシェア。

寒さ対策には、二通りの方法があります。
防寒対策と寒さに強くなる体力作りです。
どちらもうまいことできると快適に過ごすことができますね。

これらは、私たちが抱える問題や悩みに対する対策と同じです。

具体的に感じている問題や悩みを解消するための対処と、
そもそも問題や悩みだととらえない心の体力作り。

寒いならば、一枚多く着るとかカイロを使う、
マフラーや手袋を加えることも寒さ対策ですね。
これは外側に対する対策です。

一方、寒さにつながる冷えを取り健康であるために、
運動習慣や免疫力アップの生活を心掛けるなど。
これは自分の内側に対する対策です。

外側の対策は点(タイミング)で行うことですが、内側の対策は線(継続)で行うこと。
点と線の組み合わせで、より広がりと高さや深みのある人生が創られる。

優先するといいのは内側の対策ですが、
どちらもバランスよく行えることは、快適に生きることに繋がります。

なんてことを考えながらの道中でした。

ちなみに頭で考えすぎる人!←私もこの傾向
体を通してくるメッセージに耳を傾けるといいですよ。
心の声もちゃんと聞こえてきますから。

思い込みという個人的な正義

少し前に新聞で「藤井二冠、高校を退学する」
という記事を目にしました。

藤井二冠って誰?という方に少しお話します。

彼は将棋界の若き天才と言われ、
数々の最年少記録を破ってきました。
層々たる名人を破ってすでに二冠達成です。

スポーツ専門紙が彼を表紙にした号は、
その雑誌史上一番売れたそうです。
(将棋もスポーツとの認識で表紙に抜擢したとか)

で、その彼が高校を退学したと。
現在18歳、すなわちあと2か月で卒業という
1月末での退学だったそうです。

この記事を目にした私の感想がコレ。
「あとちょっとなのにもったいない。
いや、これって凡人の思うことか。」

続けて思ったことがコレ。
「わ!全部私の思い込みだわー。」
自分の思い込みに気がついたわけです。

どういうことかというと、
こんな思い込みがあったことに気がついたのです。

・もうすぐ卒業なのに
・高校くらい出ておけば
・すでにプロとして稼いでいるんだから、学歴とか不要じゃん
・凡人は学歴に頼るもの(学んでおけば選択肢が増えるし) 
・凡人はもったいないと思う ・・・などなど

探せばもっと出てきそうです。

これらのことは思い込みや制限であり、個人的な正義です。
つまり「私はコレがを正しいと思っている」なのです。

出どころは様々ですが、
一般的には「社会や親」からきていると推測できます。
それらの正義にのっとって生きていれば、
安心安全が担保されてきたのでね。←正確には「担保されると思い込んできた」

もちろん自分を守ってくれていた役割が過去にはあったかもしれません。
ですが、今それらを正義とすることで、
生き辛さを感じるならば疑ってみるといい。
「ソレ、ホント?」って。

上にあげた思い込みに対して「ソレ、ホント?」と問えば、
「や、違うな」と自答できると思います。
だって実際違うし(笑)。

あなたにはどんな思い込みがありますか?
その思い込みで誰かの行動を制限したり、批判したりしていませんか?
そのことで、相手のみならず自分にも負荷をかけていませんか?

お茶でも飲みながら、自分に聞いてみてくださいね~

あなたの不要不急、わたしの不要不急

季節は進んでいますが、相変わらずのコロナ禍。
緊急事態宣言も継続している地域もありますね。

「不要不急」という言葉も、よく耳にします。

この言葉で感情を動かされる方は、
テレビやネット等ニュースを見る機会を減らしたほうがいいかも。

繰り返される言葉は、あなたの潜在意識にスルーっと入り込んできます。

呪文となってあなたに入り込み、「不要不急」に意識を向けるようになります。

すると行動ひとつひとつを考えすぎたり、誰かの目を気にしすぎたり、
自分が思う不要不急の行動を取る誰かを責めてみたり。
またはどーでもいいじゃんと投げやりになってみたり。

いずれにしても自分にとってよろしくないストレスを生み出すことに繋がり、
免疫力を下げ健康を損なう方向に動いてしまいます。

自分にとって不要不急って何だろう?
「あなたの大事にしたいことは何ですか?」と同義です。

答えはひとそれぞれ。
他人が正解を決める権限はない。

仮に出た答えにちょっと想像力を加え、選択すればいい。
私個人はそんな風に感じます。

自分を観察することで得られる気づき

心身のメンテナンスのためにヨガに通っています。
ご存じの方もいるかもしれませんが、
布を使って行うヨガです。

私は体を通してのほうが、
気づきや観察眼に磨きがかかる感覚があります。

エゴと呼ばれる顕在意識の抵抗や
頭で理解しているという思い込みが、
いかに大きく小さいものだと気づきやすいからです。
あくまでも私は、ですが。

同じ体勢でも左右の感覚の差や、
他の箇所が伸びることで痛みが緩和されるとか、
「体って連動してるんだよね」という
先生の一言を「ほんとそれ!」と
体感する時間でもあります。

ほんとそれ!を体感した午後には、
大抵こんなことに思いをはせる時間があります。

※ここからは私の脳内独り言

持って生まれた心身には、
それぞれ特徴や個性がある。

持って生まれたものをどう活かすかは、
その後の生き方にかかってくる。

自分自身、人間関係、仕事・・・
どんな場面でどう自分を活かすか。

生き方ってのは、続けている行動であって、
続けている行動とは習慣を指す。

どんな習慣を持っているかで、
人生はいかようにもなる。

同じDNAを持っている双子の方でさえ、
大病する人とそうでない人がいるのも事実。

ならばたいていのことは、
習慣でどうにかなるのかな~

でも、今の習慣が理想の自分を形作るかは、
自分の現状把握が必要になるわな。

となると、自分がどんな状態のものなのかを
きちんと知った上で、習慣づけをしていくことが、
最もリラックスした生き方ができるのかもしれない。

自分の状態を知るためには、
やはり観察を続けていく必要がありそう。

観察し続けることで「気付く」んだよね~
そ、気づき。これぞ「Sati(気づき)」。

気づいただけで終わらず、
Satiを活かし、どう生きたいか?
ここが重要になってくるんだな~

あ、のど乾いた。
お茶飲もう。

※はい、ここまで

脳内独り言なのでかなり飛びますが、
こんなことを考えたりするのが面白いですし、

その面白さを実感するのにもってこいなのが、
「自分を実験台にする」ことです。

実験台というとなんだか怖い感じがしますが、
自分を観察するということです。

どんなことに心が動き、どんな感情を持ち、
それからどんな行動を選択する傾向があるのか・・・
良い悪いの判断をせず、
「これが自分」であることを受け入れていく。

もちろん個人的なデータなので、
他の方に全部当てはまるとは限りません。

ですが、まずは自分が自分を幸せにするために、
自分が幸せであるために、
自分をよく知るってのはとても大切なこと。

自分を大切にするための行動は何か、
おのずとわかってくるでしょうし、
わかったらぜひその行動をとってほしいと思います。
我慢せずにね。

大切な自分が大切だと思う誰かを大切にする。
その順番が大切だと思います。

言葉はややこしいけど、シンプルに。

ルブタン氏の発言に人生を想う

こんばんは、矢部です。

いろんなメディアがある昨今ですが、
昭和世代の私はテレビも見ます。

興味を持てば録画しておき、
後日見ることもしばしば。
ネイチャー系やカルチャー系が多いかな。

地上波はこの手の番組が比較的少ないので、
BSがお気に入りです。

先日クリスチャン・ルブタンの番組を見ました。

ご存じの方やファンの方もいると思いますが、
クリスチャン・ルブタンとは、
赤いソールで有名。
女性の感情や欲望を揺さぶる靴を
デザイン・販売しています。

眺めているだけでも幸せ(笑)

番組内でのルブタン氏の発言で、
私が印象に残ったものをご紹介します。


「まずデザインがあって、
それを技術がサポートする。

足の甲に飾りをつけたい場合、
技術的には透明のストラップ等を
付けることになる。

でも、デザインの段階では、
自由に考えたい。

技術面ばかり考えていると、
それに縛られて、創造性がしぼんでしまう。

技術的に無理だと思い、
いろんなアイディアを除外してしまうんだ。」


靴の話をしているんですが、
人生の話に置き換えてみても、
しっくりくるんですよ。

「まずデザイン(望む生き方・在り方)があって
それを技術(手段や職業等)がサポートする。
中略
でも、望みの段階では自由に考えたい。
手段ばかり考えていると、
それらに縛られて、創造性がしぼんでしまう。

その方法がうまくいかなかったり、
その職業につけないと
望む生き方・在り方は無理だと思い、
いろんなアイディアを除外してしまうんだ」

ね、どうでしょう?

私は自分の人生において、
思い当たるふしがあるなと(;^ω^)

あなたも、ご自分に当てはめて
考えてみてください。

方法や職業のような手段在りきで、
自分の人生を決めてないかどうか。

それにこだわりすぎることで、
自分の人生を狭くきつくしてないか?
生き辛くないか?

自分に自信を無くして、
自分を嫌いになってないか?


私たちは自分の人生を
望む通りに生きられます。
ってか、生きています。

それを実感するには、
手段にこだわらないことかもね。

では、あなたの明日が健やかでありますよう!

二元的に見てると生きるのが苦しくなっちゃう

こんにちは、矢部です。

「暑さ寒さも彼岸まで」と
昔の人はよく言ったものです。

今夏のような猛暑にも
はたして当てはまるのか?
なんて思っていましたが、

サロンのある千曲市の天候は
ここ数日で一気に朝晩涼しくなりました。

就寝時には、飼い猫達が代わる代わる
暖を取りにくっついてくるので、
いちいちそれに付き合っています。

ある意味幸せな寝不足です(;^ω^)

先日お世話になっている方から
情報をいただき、
祈りの時間を持ちました。

決まっているのは日時と、
一応大きなテーマだけ。

各自いる場所で行うことでしたので、
身を調えて(一応私、霊氣マスターなので)
テーマに沿って祈りを捧げました。

祈りと聞くと、
宗教的なイメージを持たれたり、
何かオカルト的なものかと
いぶかしがる人もいるかもしれません。

が、そんな大それた?ものではなく、
気を付けてね、とか
早く良くなりますように、とか

そういうカジュアルなものも
祈りの一種なので、
割と行っていることだったりします。

祈りについては、
アメリカでも研究がされていて、
祈ることで病気の回復率が上がったり、
町の治安が良くなったりといった
結果が出ています。

私は祈りのスペシャリストではないので、
詳しいことは割愛しますが、
興味があれば、ネットで調べてみてください。

いろんなもので揺れ動く
このご時世なので、
穏やかであることを祈ったのですが、

先日テレビで某ウイルス学者の方が
言っていたことをふと思い出しました。

感染者を貶めるような言動はおかしい
むしろ先に罹ってくれたんだから
感謝するくらいだ
(たしかこんな感じ)

一理ある。

誰でも罹るリスクがある中、
本人の意思とは無関係でも、
そのリスクを負うことで、
見せてくれている現実がある。

私たちはそこから、
気づくことや学ぶことがある。

憎むべきはウイルスだ

と、他の方が言いましたが、
それすら、視点を変えると
違った側面が見えてきます。

たしかにウイルスの影響で、
私たちの生活は一変しました。

今までの延長に未来があるとは
限らないことも見せつけられました。

一方、価値観をひっくり返されたことで、
今まで見えなかったものが見えてきました。

本当に大切にしたいものや、
望むものが何かについて
思いをはせる機会が増えたり。
自分の土台についてですね。

そう考えていくと、
良し悪しという二元的な見方では
物事をくくるには無理が出てくるし、

その見方だけだと、
生きるのが苦しくなっちゃったりするかもと。

理想の自分で在りたいと思うのはいいけど、
想いが強すぎると、
そうじゃない自分を受け入れがたくなります。
否定しちゃうっていうかね。

理想の自分はいていい。
理想じゃない自分もいていい。

「理想である」という前提が
あってもなくても幸せだ!
そう思えるといいよね。

私たちは、
そろそろ本気で「幸せで在る」と
自分に宣言してもいいのかも。

なんてことを、祈りの後に考えていたら、
おなかが空いてきたので、
これからお茶しまーす。

では、あなたの明日が健やかでありますよう!