二元的に見てると生きるのが苦しくなっちゃう

このエントリーをはてなブックマークに追加

こんにちは、矢部です。

「暑さ寒さも彼岸まで」と
昔の人はよく言ったものです。

今夏のような猛暑にも
はたして当てはまるのか?
なんて思っていましたが、

サロンのある千曲市の天候は
ここ数日で一気に朝晩涼しくなりました。

就寝時には、飼い猫達が代わる代わる
暖を取りにくっついてくるので、
いちいちそれに付き合っています。

ある意味幸せな寝不足です(;^ω^)

先日お世話になっている方から
情報をいただき、
祈りの時間を持ちました。

決まっているのは日時と、
一応大きなテーマだけ。

各自いる場所で行うことでしたので、
身を調えて(一応私、霊氣マスターなので)
テーマに沿って祈りを捧げました。

祈りと聞くと、
宗教的なイメージを持たれたり、
何かオカルト的なものかと
いぶかしがる人もいるかもしれません。

が、そんな大それた?ものではなく、
気を付けてね、とか
早く良くなりますように、とか

そういうカジュアルなものも
祈りの一種なので、
割と行っていることだったりします。

祈りについては、
アメリカでも研究がされていて、
祈ることで病気の回復率が上がったり、
町の治安が良くなったりといった
結果が出ています。

私は祈りのスペシャリストではないので、
詳しいことは割愛しますが、
興味があれば、ネットで調べてみてください。

いろんなもので揺れ動く
このご時世なので、
穏やかであることを祈ったのですが、

先日テレビで某ウイルス学者の方が
言っていたことをふと思い出しました。

感染者を貶めるような言動はおかしい
むしろ先に罹ってくれたんだから
感謝するくらいだ
(たしかこんな感じ)

一理ある。

誰でも罹るリスクがある中、
本人の意思とは無関係でも、
そのリスクを負うことで、
見せてくれている現実がある。

私たちはそこから、
気づくことや学ぶことがある。

憎むべきはウイルスだ

と、他の方が言いましたが、
それすら、視点を変えると
違った側面が見えてきます。

たしかにウイルスの影響で、
私たちの生活は一変しました。

今までの延長に未来があるとは
限らないことも見せつけられました。

一方、価値観をひっくり返されたことで、
今まで見えなかったものが見えてきました。

本当に大切にしたいものや、
望むものが何かについて
思いをはせる機会が増えたり。
自分の土台についてですね。

そう考えていくと、
良し悪しという二元的な見方では
物事をくくるには無理が出てくるし、

その見方だけだと、
生きるのが苦しくなっちゃったりするかもと。

理想の自分で在りたいと思うのはいいけど、
想いが強すぎると、
そうじゃない自分を受け入れがたくなります。
否定しちゃうっていうかね。

理想の自分はいていい。
理想じゃない自分もいていい。

「理想である」という前提が
あってもなくても幸せだ!
そう思えるといいよね。

私たちは、
そろそろ本気で「幸せで在る」と
自分に宣言してもいいのかも。

なんてことを、祈りの後に考えていたら、
おなかが空いてきたので、
これからお茶しまーす。

では、あなたの明日が健やかでありますよう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA