過去と今と未来と

先日、高校の同窓会に参加してきました。

キリ番の年齢50歳を迎える年、ということで、
盛大な?感じで行われました。


飲んだら乗るなで、電車参戦です。

田舎のダイヤはごく限られているので、
地元の駅で早速卒業以来の顔に出くわします。
もちろんアポなしです。

車両には隣の駅から乗車してきている
懐かしい顔もありました。

駅を降りると、まるでご一行様のように
ぞろぞろと同じ場所へ向かいます。


今回は学年の4割程度が出席していました。
県外からこのために帰省している人も多くいたし、
9クラス中6名の担任の先生もご出席。


すぐわかる人、
思い出すまで時間がかかった人、
結局わからずじまいだった人笑


さすがにクラスメイトの名前はわかりましたが、
他のクラスだと、当時の姿の印象がない程←失礼
変わっている人もいて、
時間の優しさと残酷さを垣間見ましたよ。


面白いもので、当時の仲良しさんとは
すぐに当時の呼び名で話がはずみますが、

卒業以来のクラスメイトとは、
最初ややぎこちないビミョーな敬語と、
○○ちゃんとか○○君(当時は呼び捨てでも)から始まり、
温まってきてから当時のような感じに流れていきます。

また、ほどんど会話がなかった相手だったりすると、
お互い他の人と温まってから笑
ようやく近づき話を交わしたり。

それでも、一次会の終わりの頃には、
10代の頃のような遠慮のない距離になり、
でも50代に入る大人の会話をし。


時間は線のようにとらえられますが、
いやいや実は点だな、ということが感覚的にわかります。


過去の話をしている時の主人公は、
当時の自分たちですが、
思い出の中身や当時の感情を思い出して
感じているのは今の自分です。


書くとややこしいですが、これが潜在意識(心)には
時間の概念がない、と言われる所以です。


時系列に並べ理解しようとしているのは
顕在意識(頭)なんですよね。



しかし、卒業から32年も経つと、
いろんな人生を歩んでいるなあと感じますし、

とある友人は、
「ここに来れるのは、ある意味いい人生を送れているって
ことだと思うよ」

この一言にはいろんな意味が含まれていますが、
なるほど一理あるなと感じた私でした。


先月の勉強会で引いた
2枚のポストカード(オラクルカードではない)のタイトルが
それぞれ「過去」と「記憶」にまつわるものでしたので、
これを指していたのかも?とも思ったりしています。


今回参加してみて思ったのは、

「やりたいと思ったことはやって、
会いたいと思った人には会う」

ことが、実は人生を後悔しない秘訣のひとつかも。

学生時代に何もなかったわけではありませんが、
「行ってよかった」です。



やらない・会わない言い訳はいくらでもできるけど、
言い訳している時間は案外ないのかもしれませんね。



だって、約6時間、高揚したエネルギーの中、
しゃべりっぱなし、飲みっぱなしの代償が、


喉をやられ~からの風邪の初期症状出る

という自分の体( ̄▽ ̄;)←すでに1日経過※配信日前日

そんなお年頃ですからーーー



2018年09月20日