私が見たいもので見ているのだ

前回雲の形からの見ている世界はそれぞれな話をしました。


「龍だ!カネゴンだ!つちのこだ!」



これを書いた後、私の中での長年の謎が
あっさりと溶けたという、
極めて個人的な話をお届けします。
(ま、いつも個人の話が多いけど( ´艸`)





私は小さい頃から、空から何かが雨のように
降り注いでいるのが見えています。

小さい頃はそれが当たり前だと思っていたので、
何が降っているのかを疑問に思ったこともなく、
外を見ると「今日も降ってるな」という感想のみで。
そこに特別な感情は乗っかりません。


大人になるとだんだん「意図すると見える」
(降ってるかな?と確認する意思を持ってみる)ように
変わっていきましたが、
何が降っているのかはわかりませんでした。


10年ほど前、感度の高い方にこの話をしたところ、
「私も見えるよ」と二人ほど話してくださいましたが、
誰に聞いても何かはわからんと。


数年前もそういう方にお聞きしても、
「いつかわかるんじゃない?」というお応えを
いただいただけでした。


実際見えてるからといって、
私の何かに影響しているとも思えませんでしたしね。

で、これまで様々な学びを経てきても、
その「降ってる何か」の正体はわかりませんでした。


が、先日雲の見え方を文章に書いていたら、
突如わかちゃったんですよ。


「降ってる何か」は、私が見たいように見て
解釈したいようにすればいいんだ!と。


書いてたことと同じじゃーん。


って、ウケるんですけどーっ( ´艸`)



(私は日常でウケるという言葉は使いませんが、
ここで一番当てはまる言葉がコレ)



ということは、あの「降ってる何か」は
私が降っててほしいものってことでいいのだ!



出た結論が「愛」←これまた、甘いな



理由は「全て」のところに降り注いでいるからです。
としたらこれしかないだろと。

そう思ったら、「なんだかありがたい」という気持ちが、
体にじんわりと暖かく感じました。

そしてこの答えが正解だろうと、
自分のどこかで確信を持っています。




しっかし、長年の疑問が解消されスッキリしました。
気づきまでのパンくずだったんですよ、「降ってる何か」も。


そういう視点を持って自分の今までを見てみると、
疑念を持った時に「あなたの認知の外に在るものもあるよ」という
パンくずをガンガン落とされているなと。
(誰に?←ここすら誰でもいいんです笑)


あなたはどうですか?
日常に、あなたの気づきのためのパンくず、
たくさん落ちていることに気づいていますか?

そのパンくず、たどってみませんか?
きっと気づきに繋がりますよ。



ちなみに晴れている日はよく見えます。
ビル街でも見えますが、自然が多く木が生い茂っている箇所のほうが
よりハッキリ見えます。

やっぱ、長野って土地がすごいのかも?



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このメルマガがちょうど100号目です。


昨年の秋から発行しだして100かあ・・・

これもお読みくださっているあなたがいるから、
書き続けられたんだと思います。

ありがとうございます!

ま、私個人に対しては
さほど感慨深くもないのですが←達成感もなく


これからも

「あ、これ私のこと?」とか
「そうそう、わーかーるー」

といった身近な感覚を軽~くお伝えしていきますので、
お付き合いいただけましたら幸いです。

2018年07月23日