言葉の定義は人それぞれ

そこそこいい年齢になってきたり、

キリ番の年齢になると、

盛んにおこなわれる同級会。



また地元が長いと付き合いも長くなるので、

絆も固く顔を合わせる機会も多いので、

回数も多いかもしれませんね。



その同級会についてのことから。


******ここから

「同級会に顔出せるならマシだよ、

顔も出せないような人もいるし、
誰とも連絡取れない人もいるからね


それだけ平凡に生きてるって事だよ!!」

******ここまで

とある人達のやりとり。



彼らには悪気は当然ないし、

言いたいことはなんとなく伝わったのですが・・・




私個人は違和感ありまくりで(;^ω^)



ですが、何故私は違和感があるのか、

せっかくの機会なので、

自己分析してみようと思います。



ちなみに直接顔を合わせて話をしたわけではないし、

彼らにネガティブな感情は一切ないので、

あくまでも言葉からの推測であることをご了承ください。





同級会に顔を出せないこと、

誰とも連絡取れないことは


(メールの言葉の反対を使うと)
非凡なのか?


・・・非凡って何?笑


ここで、「平凡」がどういう意味で

使われているのかがポイントになってきます。


おそらく「フツー」の同義語として、

書いているのかな?と思ったり。


となると、「フツー」に生きてるって何?

と考えてしまったわけです。



私個人は、同級会に出られないとか、

当時の同級生誰とも連絡が取れないことは、

別に珍しいことでも、不幸なわけでもないと思っています。



言っちゃうと、私も東京に住んでいたころは、

かつての同級生と呼ばれる人たちとは、

会うのもさることながら、

連絡さえ取らない生活を送っていたし、
(私の行方・生死さえ興味もないだろう笑)

そのことを不幸だとか不便だとか一度もなく。



人生のステージが変われば、

人間関係もそれに合わせて変わるんだから、

むしろ特別なことじゃないとまで信じていました。


かつてのご縁をないがしろにするというよりは、

優先順位が変わっただけと思っていましたし。


それが私にとっての「フツー」でした。



ですが、そう考えない人達もいるんだなと。


どちらがいいとか悪いとかではありません。

見ている世界や価値観が違うのね~という意味です。



もしかしたら彼女たちからしたら、

私は薄情かもしれませんし笑




そして、もう一つ。

やはり言葉の選び方や文章によって、

受ける印象や意図が変わることも気づきました。




「同級会に出られる今ってありがたいね~」



こんな言い換えができれば、

どんな前提も責めたりツッコんだりせず、

私の中で消化できるかなと。



今回のメールを送ってくれた友人には、

いろいろ感じる機会をもらえたので、

これこそ「ありがたい」ことでした。




あなたが日常使っている言葉や表現は、

あなたの意図を反映しています。


伝わって欲しい意図として相手が受けているか、

気にしすぎる必要はありませんが、


誤解される経験が多いとしたら、

ちょっと振り返ってみていいかもしれませんね。




2018年03月09日