何のためにがんばるの?

前回のメルマガはこんな内容で

お届けしました。


「がんばる教信者でした」




この内容にご感想をいただきました。
ありがとうございます!


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幼少時から頑張る事しかいきていなかったなぁ。

また負けず嫌いでもあって、相手に負けるもんか!と頑張ったり。

今思えば、楽しいことなんてなかったな、苦しいことばかりだったし。
その頑張るくせがなかなか抜けられず今でも頑張りすぎるところもあります。

頑張らなくてもいいんだよ、と言われても、どこを頑張らなくても良いのか、
境界線が分からなくて躊躇してしまったり。

頑張らない人を見ると、あいつは怠けてる、最低だな、と思ってしまうし、
時には頑張りすぎる自分が嫌になっちゃいます

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幼少期に親から教え込まれたことは、

当たり前になり習慣化し、

条件反射のように行動にあらわれます。


本人にとって望ましいか

そうでないかはともかく。





では、「がんばる」は悪者なのか?




悪者かどうかは、

がんばるにどんな感情がくっついていて、

どのように意味づけをしているかで

決まってくるのではないかと

私個人は思います。



意志の力を使ってやり続けた結果、

苦しさや悲しさを感じるのなら、

がんばりすぎているかもしれませんし、



がんばるプロセスを楽しめたとすれば、

がんばるの見方が変わってきますね。


と考えると、


そもそも何のためにがんばるのか?が


ポイントになってくるようです。


好きなことのためにがんばるのと、

好きじゃないことのためにがんばるのでは、

捉え方も取り組み方も違ってきます。



好きもあれば好きじゃないもある

得意もあれば得意じゃないもある

がんばる配分は自由でいい

誰かにお願いしてもいい



そう自分に許可を与えられると

楽なのかもしれませんね。




あなたの好きじゃないは

誰かの好きかもしれないし、


あなたの得意じゃないは、

誰かの得意かもしれないのです。




それができると、


がんばらない人を見ても、


どーでもよくなる笑




なぜなら、ジャッジせずに流せるので、


余計な力を入れずに済みますから。




親が教えてくれた常識も、


今のあなたに不要なら、


今までありがとねと告げて


手放しちゃいましょう。

2017年11月12日